またもや水戸。
■6月6日(土)
講演「徳川慶喜の懐刀と呼ばれた男 原市之進」を聴きに、車で水戸は茨城県立歴史館へ。
全く走らないうちに最初の車検を迎えてしまって、いいかげん車がかわいそうになってきたこともあり…また市内や周辺も見て廻るつもりで、1泊旅行を決行
首都高で事故渋滞に合い、東京を出るまでに1時間半くらいかかってしまったけど、なんとか講演会開始に間に合う…講師は歴史館の研究員・沼澤佳子さんで、以前ふるさと文庫の「原市之進 -徳川慶喜のブレーン-」を書かれた方でもあり。原市之進については興味があってもわからないことが多いので、なかなか貴重な機会ということもあり、200人定員の会場は大盛況
そしてやはり思い(愛?)が強い分、お話も、渡された史料も時間のわりに膨大で、なかなかお話のスピードに付いていくのが難しく…(笑) 会場のあちこちでバサバサバサ、バサバサバサと史料の冊子をめくったり、取り落としたりという音が鳴り続けておりました
やはり私もとても時間内に消化できなかったので(笑)、ふるさと文庫とともに、史料はこれから楽しみに読み返す予定…
そして展示室では絵図 -城下町と藩領-展が開催中。こちらも私の大好きな、古地図がわんさかと。主に茨城県もしくは水戸藩領内のものが集められていて、水戸市内の江戸初期や幕末の武家屋敷・それに一部町家の並び、茨城全域の村々の配置などがかなり詳しく書き込まれたものも。う~ん、江戸時代のものとは言え、後半になるとかなりディテールがリアルなものが多く、明治のものかと見まごうようなものまであってびっくり。1眼鏡も無料で貸りられ、地図の隅々まで詳しく見られるのがうれしい…一生懸命見すぎて、ちょっと酔ってしまったけど(笑)
中には志筑藩の藩領全域図や陣屋の配置図も…伊東甲子太郎さんがらみで以前近くまで行きながら、志筑藩領や陣屋跡までは行けなかったりしたこともあったけど。この辺りを歩いていたんだろうかとか、妄想しながらちょっとにんまり
以前史料のことでいろいろお世話になった永井先生も会場にいらして、少しお話や解説までしていただけて、恐縮…
渋滞に負けずに出てきてよかった
その後は駅前に出て、夕食してマッサージでも…と思っていたら、なんと行き着け?のマッサージ店が潰れていた…しょ~っく。そして駅ビルに入っているK書店は改装中でClose、近くの本店にも足を延ばしたら、なんと水戸の歴史専門書を扱っている3階だけ改装中でこちらもClose(涙) あうう。ここに来てついてね~と思ったら、その後紹介されていった別のマッサージ店が、すごく腕が良くて、結果的に大ラッキーだった?
誕生日だったので、ささやかながらケーキを食べお祝いし(いやもう全然めでたくないが~)、そして到着したホテルは、今回はじめての場所だったけど、なかなか居心地も良く。ひさびさに爆睡。まあなかなかなバースデーだったのでは…
■6月7日(日)
予想をはるかに上回る晴天。まずはホテル近くの、家の墓所へ。う~んますます周りが立派な新しいお墓で埋まってきて、やるせないな~。みなさん、決してここは無縁じゃないですからね。ちゃんと子孫がいるんですからね。ううう曾ばあさんの墓はついに茂みに埋没してしまって、墓石が見えなくなってしまったが(涙)
また来るからねと言い残し、今度は西へ、以前行き損なっていた大洗の願入寺へ。ここは元治元年に挙兵した天狗党に対抗して、諸生たちが決起したところ。天狗党と諸生党の戦いで本堂は焼けてしまって、再建まではその後100年近くかかったとか…。今は緑に溢れた静かなたたずまいだけど。もともと光圀公や水戸徳川家とも縁が深く、黄門様関係の資料が、境内の一角に移築されているお堂に展示されておりました。内部の柱には天狗党がつけたという刀傷も。
諸生党に関する話はどこにもなかったな…やはり思い出したくない記憶なんだろうか?
その後は橋を渡って対岸の那珂湊へ。また反射炉跡やふるさと懐古館を見たあと、ちょっと観光気分でおさかな市場へ………ううむ。日曜のお昼に行く場所じゃなかった(笑) 駐車場に入るにも、食堂に入るにも大渋滞。食事はあきらめ、ウニの貝焼きだけ屋台でいただく。美味だったのでこれで満足してまた水戸方面へ
そして中丸川沿いで、前回何度往復しても発見できなかった水車場跡の史跡をついに発見~!! 細~い道を1本入った民家の庭先だった…いや、発見してみればなんてことはない?ところだったけど。辺りには川や田んぼが広がって、当時もこんな感じだったのかな、と…ずっと心残りだったので、よかったよかった
心置きなく、また市内へ戻り、祇園寺へ。ひさびさに訪ねたら、諸生党の碑にも、朝比奈弥太郎さんや市川三左衛門さんのお墓にも、説明の立て札が建てられておりました…諸生党の本なども出たし、訪ねて来る人が増えたんだろうか。喜ぶべきことなのか、いやなんとなく情緒がなくなったような?(笑)
偕楽園でお昼を食べ、ひさびさに好文亭にも入ってみる。風が吹き抜けて、気持ちよかった
そして今回の総仕上げ?、6号線を走り長岡宿跡へ。前回は良く場所がわからず、ちょっと北へ外してしまっていたので、今回は慎重に南下…そしたら本陣(脇本陣?)だったという、木村家住宅が左側に。立派な門構え、きれいな茅葺き屋根が保たれていて、内部も豪勢というよりはやはり水戸らしく?簡素でシンプルな感じ。ちょうど御子孫の方がいらして(最初はまったくわからず、ボランティアの方かと…)、あつかましく長岡宿のことなど根掘り葉掘り聞かせていただく…そして、桜田門外の変の水戸浪士たちの毛塚が近くにあると聞き、いまいちわかりにくい場所ということで、わざわざ案内までしていただいいてしまった…世が世なら、たぶん名主さん?という方に…(大恐縮) どうもありがとうございました(汗)
(↑いつもいらっしゃるというわけではなく、本当にたまたまいらしたらしい)
もしかしたらうちの先祖も、こうして何かご厄介をかけたりしたこともあったのでは…などと想像してみる(笑)
筑波山が見渡せるという高台のお社は、また格別の雰囲気で。(もともと本陣の側にあったものを明治になってから移築したらしい) 宿場の雰囲気をちょっとでも味わえたら、くらいのつもりで訪ねたら、おかげさまで思いがけずとっても実りのある締めくくりに…
また帰りの高速では何度も事故渋滞に巻き込まれたけど、そんなことは屁でもない?充実した旅となりました。よかった

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