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2006年11月29日 (水)

完走。

昨日ようやくいろいろひと段落、ブツ?を友人の事務所へ持参

その足で千代田区立四番町歴史民俗資料館へ 吉宗も暮らした紀伊家上屋敷 展を見に。これでようやく3館踏破、スタンプラリー完走~!(笑) ここの会場は「資料館」とは言っても図書館の一画を展示場にしているだけで、設備としてはいまいちな感じ? でも展示品はさすがに「紀伊家」だけあって、豪奢で華やかなものが多かった…図面も水戸家に較べれば残っているものが多いようだったし(でもどちらかというと千代田区内の「上屋敷」より港区内に位置する「中屋敷」(現赤坂御用地)の資料のほうが充実?)

図書館の一画ということもあってかここは入場無料、そのうえ図録もかなり充実しているのになんと200円!(どびっくり…千代田区ってやっぱりお金持ち?) そしてスタンプラリー完走の記念品は何かと思ったら、ポストカード6枚セットでありました。なかなかいいものがピックアップされていたのでけっこううれしい…お子さま向きではないかもしれないけど(笑)

その後国会図書館へ寄って前々から読みたかった絶版本の一部をコピーしてから、昔のお仕事仲間とのひと足早い忘年会へ。もう解散してから4、5年たつと思うのだけど、いまだにこうして集まれるというのは本当にうれしいしありがたいなあ…いい時代だった(しみじみ)

本では吉村昭さんの 彰義隊 読了。寛永寺山主でのちに奥羽越列藩同盟の盟主になった 輪王寺宮 を描いたものなのだけど、上野戦争は前半であっというまに?終わってしまうし、このタイトルから期待するものとはかなり違った内容でありました…。それに「宮さま」としては立派な態度の人だったようではあるけど、どうも一貫した「主義」というものがなく周囲の状況に流されやすくて、これではまったく共感しにくい…?(笑) 作者の意図はどうだったのかわからないけど、あまりイメージを上げるものではないような。逃避行の間の緊迫感はさすがに息を呑んだけど(ちなみに輪王寺宮はのちに 北白川宮 となり、上記の紀伊家上屋敷跡(現赤坂プリンスなど)に住んだそうな)

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2006年11月26日 (日)

くにたち。

今日のディープインパクトにはちょっと涙ぐんでしまった(笑)…それはさておき

昨日はふたたび「くにたち郷土文化館」で開かれた小島資料館館長・ 小島政孝 さんの講演会「多摩豪農ネットワーク 本田家・小島家」を聞きに。両家と交流のあった 小池池旭(ちきょく) という女流画家のことなど、幕末にそんな女性がいたのかとおもしろく聞く…そのほか新選組関連のお話も。あっという間の1時間半
うかがったところ「幕末史研究」の最新号ももうすぐ出るということなので、楽しみ

その後はまたYさん/Sさんとファミレスへ移動、Sさんが最近入手したという明治2年の地図などを見せてもらいながら当時の東京を空想散歩(目キラキラ) う~ん楽しかった(笑)…新政府側についた大名家に混じって、一画に 木戸 (=木戸孝允)と大きく書かれていたのが印象的

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2006年11月24日 (金)

露出。

昨日は某Aさん関係で、ふたたび某寺院の筑波別院へ。去年も書いたけど、ここは昔 天狗党 の処刑地だったという場所。天気予報は最悪だったけど、なんと現地に着いたら晴れ間まで。筑波山も見え、当時の風景などを想像しながら端っこからお参り…今年もあつかましく便乗させていただき、ありがとうございました

さて今回の TVnavi 堺さんエッセイ、 ジャンゴ は全編英語!のウエスタンと聞き内心どうなのよ…と思っていたのだけど、これを読む限りめっぽう生き生きと、堺さん向きのロケだったような印象?(笑) コスチュームは色といいスタイルといい、なんだか女の子みたい? でも暖かそうでいいなあ…とにかく 佐藤浩市 さんともみたびの共演ということで楽しみだ~ (今回の応募宛先『堺雅人 馬係』も微妙に笑える…)
Dr.コトー のほうは…う~んすっかり"次回予告の男"になっているような(涙) ふたたび胸から下が映る日がやって来るのだろうか

映画関連で…そういえば最近の 自虐の詩(あいのうた) ・美紀嬢関連記事では「コメディエンヌとして新境地」「『ケイゾク』ではクールな女刑事を演じ…(←えええっ!?)」とか書かれているけど、「ケイゾク」ですでに「コメディエンヌ」としての面も評価をしっかり固めていた記憶があるのだけど…若いのかな~記事を書いた人が
しかし阿部ちゃんの顔であの頭はかなり怖いっすね(笑)

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2006年11月20日 (月)

タイムスリップ。

山川菊栄さん著 武家の女性 を読む…お母上である千世さんの小さいころの思い出話などを元に、幕末水戸藩の武士の家庭が生き生きと描かれた小冊子。以前読んだ 覚書 幕末の水戸藩 はもっと社会的な、歴史に関わる話が多かったけれど、こちらは個人的な、日常的なエピソードが満載…「天狗党の乱」(子年のお騒ぎ)から維新にかけての水戸の悲惨な様子(主に家に残されていた関係者の妻子の運命)なども登場するけど、前半はまるでいま目の前で親戚が会話しているような、幕末の日常が身近に感じられる内容でありました

意地悪な姑や継母に頭の上がらない長男、心優しい親戚のおばさん、意地悪な上司にささやかな復讐をしたという武勇伝?のある、一見好々爺のおじさんなどなど…時代が違うだけで、人間性や対人関係など、現在と同じメンタリティを持った人たちが生活していたんだと思うとなんだかいっそう幕末が身近な感じに
朝暗いうちから子供たちが先を争って通ったという塾の様子もなんともほほえましい(いまの遠足のような行事もあったそうな)

着物の流行りや身だしなみの話なども興味深いエピソードがいっぱいだったのだけど、特に「髪結い」の話…幕末の志士がよくしていた 総髪 は、もちろん流行りもあったのだろうけど、とにかく月代を剃って毎日髷を結い油で固める…というのは大変な作業だったそうで(髪結いは主婦の仕事だったらしい)、さすがに志士の人たちはそんな悠長なことをしていられなくなった、つまり必要にかられてのことだったらしい?

剣術の稽古の後などはすぐ髷もほどけてしまうので、男同士で髪結いしあったそうな。試衛館でも毎日そんな風景が展開されていたのだろうか?(笑)

前述「覚書 幕末の水戸藩」はとても大切にしている本なのだけど、この「武家の女性」については全然知らず…先日ある本の参考文献として掲載されていたのでさっそく読んでみたけど、「覚書~」に負けず劣らずとっても良かった(※ちょうど岩波から今月末に復刊されるとのこと←12月半ばに延期)
先日の讀賣新聞でも、藤原正彦さんが「オススメ本」として挙げていたもよう?

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う~む1月から堺さんはまたCXか…今回よりは出番指数に期待が持てそうだけど…?

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2006年11月18日 (土)

小石川。

昨日の今日だけど、さっそく文京ふるさと歴史館で開催中の 水戸黄門邸を探る 展へ。う~んこのタイトルだと、水戸光圀さんが主役だと絶対誤解されそうな…???(実際そう思い込んでやって来る人もいるそうな) ご存知 黄門 は「中納言」のこと…水戸徳川家藩主は代々この地位まで登ることになっていたので、たしかに水戸藩邸=水戸黄門邸で間違いはなさそうだけど(笑)

実際は光圀さん個人がらみの展示物は皆無。それに水戸藩関係の書類は震災やら戦災やらで焼けてしまったものが多く、上屋敷(小石川邸)/中屋敷(駒込邸)含め、藩邸の全容がわかるようなものは残っていないそうな…というわけで、昨日新宿で見た尾張家藩士長屋の図のようなものはまったく無しでがっくり

小石川後楽園でもらえるガリ版刷りのような地図と酷似した「水戸藩上屋敷之図」(昭和になってから描かれたもの)が展示されていたけど、これが現存する中でもっとも詳しいものらしい…うーむ
ほかは天保11年の水戸城下詳細地図が、唯一地図マニアの心をくすぐったくらい? 資料が少ないせいか、支藩の高松藩/府中藩や一橋家などの江戸屋敷についても大きく展示スペースが割かれていたけど…(いかんせん「本家」が少なすぎて充実度はいまいち?)
でも図録にはそれぞれの屋敷の発掘調査についてや建物配置についての考察などが詳しく掲載されていて、これはかなり読みでがありそうな

また別件でここ文京の歴史館で前々から確かめたいことがあったのだけど、それについてもくわしく教えていただき、向かいの真砂中央図書館で資料も入手。いきなりかなりな前進有りで、こちらは大満足

ついでに?永倉が一時住んでいたという旧小石川掃除町/柳町界隈を見、伝通院前/安藤坂/牛天神あたりをうろつく…

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18日午後、不完全ながら小石川について「Report6」ページに追加

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2006年11月16日 (木)

御三家。

今日は渡部さんややまこー副長の姿も出ているという写真展、 Super Stars を見にふたたび表参道ヒルズへ行った…のだけど、入場料がすでにメチャ高だったので思わず入口で踵を返してしまった(笑) 別にカメラマン個人のファンというわけでもないしなあ
代わりに?隣の同潤館の画廊などをひやかす…同潤会アパートの昔好きだった雑貨屋の雰囲気がけっこう残っていて少しうれしい

その足で 新宿歴史博物館 へ。前々から内藤新宿について聞いてみたいことがあり一度訪ねてみたかったのだけど、現在は 尾張家への誘い 展開催中ということでそちらも楽しみに。期待にたがわず尾張徳川家の上/中/下屋敷の図面や発掘調査による出土品などが多数展示されていて、特に上屋敷図には長屋に住んでいた藩士名がいちいち書き込まれていたり。地図好き/見取り図好きにはこたえられまへん…「いいな~水戸藩もこういう展示してくれればいいのに」などと内心思っていたら…

なんと新宿区(=尾張徳川家)/文京区(=水戸徳川家)/千代田区(=紀伊徳川家)それぞれの歴史資料館で 徳川御三家江戸屋敷発掘物語 展として共同企画・同時開催中(スタンプラリーも実施中!) なぜか新宿のちらししか廻って来ず、他の2つを知らなかった…が~んうかつ

まあそちらはまた後日出かけるとして…常設展スペースには内藤新宿の模型や商家の実物大模型も。前々からの疑問も、学芸員の方がものすごく親切に説明してくださり…ただ渋谷区と新宿区の境に微妙にまたがっている場所の話なので、完全には解決しなかったのだけど。でも思いがけない地図も入手できたし、とりあえず満足?

Dr.コトー 第6話、堺さんはまたまた孤独な演技。今週は「シュジュツ」が「オペ」になっていた…先週分でよっぽど苦しんだのだろーか???(笑) いや2連発だったから? 今日はわりとど真ん中に「いいひと」モードだったような

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2006年11月13日 (月)

谷保。

昨日はくにたち郷土文化館で開催中の 幕末から自由の権へ -本田家の人々が見た時代- 展に伴って開かれた講演会「本田家の人々」を聞きに国立へ。内容は1時間半ほど駆け足で本田家のある 谷保 という土地や 本田家 についての概略などを。このあたりはいままで何度か地元の研究家の方による講演やツアーによって見聞きしていたので、正直それほど目新しいことは無く…(本田家に関しては「Report10」ページに) でも展示は本田家所蔵の文書などから、町医者/文人/書家としての幅広い交流がうかがい知れる濃い内容でありました。図録もとっても読みでがありそうな…
土方書簡や近藤の書など、小野路の小島資料館からの展示品も多数

講演会に先立っては、ひとりで 松本捨助 さんのお墓や上記・本田家などをふたたび訪ねようと、少し東の甲州街道へ。そしたらなんと松本家の墓地はきれいに改装され、以前墓石に打ち付けてあった木札もなくなり、脇に小さな捨助さんの碑が建てられていてどびっくり。本田家の 薬医門 も戸板が打ち替えられていて、真新しい白木も目に鮮やかに…こう言っては何だけど、少~し情緒減?(笑)

その後「やぼてん」の語源になったと言われる 谷保天満宮 を抜け、近道をしようと南側の はけの道 を歩いてみたら…普通ののどかな田舎道かと思っていたのに、尾瀬のようにただ小川の上に板が渡されているだけの箇所もあり、けっこうスリリング。途中古い農家も復元公開されていたりして、思いがけず江戸情緒を満喫…

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2006年11月12日 (日)

時勢。

吉村昭さん著・ 黒船 読了。吉村さんの著作にはめずらしく?いまちょうど公開中の「函館文庫」で話題に上っている 堀達之助 という主人公が全編通して登場。中島三郎助さんらとともに最初に黒船との交渉に臨んだ人でもあり…でも黒船以後は英語が外交の主流になってしまい、もともとオランダ語の通詞(通訳/訳者)で英語は読み書きしかできない達之助は少しずつ時流から取り残され、しかも後に不始末から長く投獄され…というドラマチックな展開で、思いがけず一気に読めてしまった

出獄後は英語の文章力を買われ日本初の英和辞典「英和対訳袖珍辞書」を作ったり、その後箱館奉行所勤務となり箱館戦争も間近に見…(といっても戦闘時には対岸の青森に避難)
維新後も通詞や英語教授として地道に働くものの、やはり会話ができないために不当に?軽んじられていたことがわかり、結果的にはいろいろ失意の人生だったというような終わり方だったのだけど

でも私でももともと名前を知っているくらい有名な人だし、こうして最近では「函館文庫」創設などの業績を称えられたり…この本には触れられていない、評価すべき業績がいっぱいあったのでありましょう
ものすごく語学のセンスに恵まれていた人のようだし、もう10年遅く生まれていたら始めから実践的な英会話を勉強してもっと別の形で大活躍できていただろうと思うと、なんだか現代にも通じるものがあって心が痛い…

それにしても入獄中に牢名主となる過程や 吉田松陰/鮎沢伊太夫 などと接触する場面などは妙に人間関係が劇的で生々しく。達之助の目を通して見た幕府外交官の、対外交渉にあたるそれぞれの姿勢などもおもしろかった…仕事が「できる」上司や同僚は概して(情をはさまず)達之助との相性が悪かった、というのもなんとも皮肉?

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2006年11月10日 (金)

しゃしぃしゅしぇ…。

Dr.コトー 第5話、ついに登場しましたね「シュジュツ」(笑) 「シュヨウノシュクショウ」もかなり言いにくそうな…「シュヨウノシュクショウコウカヲミナガラシュジュツノホウホウヲ…」うげげ。 しかし「high fashion」といい「演劇ぶっく」といい、最近は本当に「笑顔を封印」? 孤独な演技が続いてるなあ…ああいう電話のシーンというのはいちおうスタジオで向かい合って?撮るものなのだろうか。毎度「え?」の言い方がとってもイケズだ(笑)
堺さん、次回予告にはまた声のみ登場していたけど、その次はまたもや微妙そう…?

ひきつづき昨晩偶然 アメトーク を流し見していたら、「ガンダム好き芸人大集合!」とやら。う~んネタがほぼ全部わかってゲヒゲヒ受けてしまったあたりが自分でもイヤだ(笑) そしてこんな自分なのにたぶんあんなふうにガンダム話で盛り上がる男は絶対イヤだ…?

先日も書いた松浦玲さんの 幕末・京大坂 歴史の旅 、途中いろいろあってようやく読了。後半は特に大政奉還前後の慶喜さんや薩摩、長州の動き、大坂の外国がらみの情勢などが寸刻みで?細かく追われていて、頭がスッキリ整理された感じ。参考文献や関連書も明記され、う~んさすがに最近まれに見るコストパフォーマンス「激良」の1冊ではなかろうか。ただこれだと前もって薩摩側のクーデター計画を春嶽さんから聞いて知っていた慶喜さんがなぜ何の手も打たなかったのか、会津と桑名がなぜあっさり門の守りを譲ったのか、開陽丸が後発長州兵の上洛を許したのか、などなど疑問が増した所も多いのだけど…

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2006年11月 8日 (水)

霧の向こう。

5日のBS朝日、 須賀敦子 静かなる魂の旅 をしみじみ堪能…須賀さんのエッセイの朗読に合わせてそこに登場するイタリアの町々を訪ねるという趣向。騒がしいレポーターが画面に登場するわけではなく、カメラを通して自分の目線で現地を訪ねているような気分にさせてくれる構成は、読者がそれぞれ心に持っている作品のイメージを損なうところがなくて良かった…BGMの無伴奏チェロも。BSなのに何度も長々と入るCMと、ところどころの再現ドラマのような演出、地元食材や料理への執着?が多少興ざめだったけど(笑)

タイトルに「第1話」となっていたので続編の予定もあるのだろうか…楽しみ

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2006年11月 4日 (土)

小仏越え。

昨日は日野宿本陣文書検討会主催のツアーで、甲陽鎮撫隊のコースを辿り、高尾から旧甲州街道沿いに 小仏峠 を越え、山梨側の 小原宿 、そして 与瀬宿 跡まで歩く。う~ん小仏は予想外に山梨側(厳密に言うと神奈川)の下りがきつかった…衝撃をダイレクトに吸収したせいか、肩と腰にものすごいダメージが。今日はもう這わないと動けない(汗)

昔はここを抜けて参勤交代していた大名家もあったんだしなあ…坂も急だし道幅は狭いし、どうやって通っていたのやら(昨日も山梨側からちびっこいヨークシャーを連れたおじさんが登ってきているのとすれ違って仰天したけど…あのあとあのチビくんはどうしたのやら~頂上まで行ったのか~???)

高尾からだいぶ西へ行った日影バス停を9時半ころ出発して小原宿に着いたのがだいたい正午ころ。身軽ななりで、かなりなスピードで歩いてこのタイム。いくら昔の鍛えた方々とは言っても、大砲を抱えた甲陽鎮撫隊はもっと時間がかかったのでは…当日朝府中を出発して与瀬宿まで到達したことを思うと、やはり昔から言われている「なかなか先へ進もうとしなかった」というのは有り得ないお話だと実感…ざくざく進んでますよ、この皆さんは

蛇足ではあるけど、山中で他社のケータイが「圏外」を指している中、ずっと自分の(旧v社/現S社)が生きていたのが意外だった(笑) 以前旧八王子城へ行ったときもOKだったし。このあたりのエリアに強いのか?

さて木曜に話は戻って Dr.コトー 第4話…しみじみ胸に来たけど、やっぱり患者本人の意思がしっかりしていて、コミュニケーションが成り立つ状態というのはかなり恵まれているような
堺さんは…うーんたしかに出たと言えば出たし…びみょ~? それなのにクレジットにあんなにしっかり名前があっていいのか(笑) 次回はまた大きく話が動きそうで楽しみ

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6日朝、小仏峠/小原/与瀬-甲州道中について「Report10」ページにUp

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2006年11月 2日 (木)

回帰中?

昨日の その時歴史が動いた 坂本龍馬暗殺 黒幕は誰か? 、あちこちに「新選組!」の映像が盛り込まれていて思わずニヤニヤ…(笑) でも龍馬についてはやっぱりまだまだ不勉強なのか、永井さんと意気投合?していたことは有名だけど、 松平容保 さんとまで面会したというのは初耳だった…史料は「伏見寺田屋の覚書」によるものだそうだけど。龍馬の手紙に容保さんと会ったことが書かれているとのことだけど、けっこう有名な事実なのか? でもどちらにしても容保さんが龍馬暗殺のような細かい政治的な謀略を実行できるような人だったら、その後の会津藩の運命も違っていたような気もするけど…(他にも命令したのは桑名藩主・松平定敬だと手代木直右衛門が言い残したとの話もあるらしい???)

さて頭を幕末に戻すために?現在は松浦玲さんの 幕末・京大坂 歴史の旅 を読書中…てっきり著者の紀行文なのかと思っていたら、幕末に日本各地を往来し歴史を作った人々についてのお話でありました。安政元年(1854年)から慶応4年(1868年)まで、計36編。堅苦しい解説書というわけではなく、でもちゃんと史料に裏づけされながらの文章はさすがに内容が濃くておもしろい…なぜかもう以前に読んだ気になっていたのだけど、改めて手に取って見てよかった

そしてドラマの話…火曜の バカラ は…う~んけっこう楽しみにしていたのになあ。そもそも2時間に詰め込んでやる話ではないような。それにあれだけ限定されたソースの記事で、あんな波紋を広げて世論を転ばせられるほど世の中単純じゃないと思うのだけど。騙されっぱなしの学ばない女の話にしか思えなかった…「勝ち組」と「こつこつ働く」側との対比が描きたかったのなら、そちらサイドの描写がまったく足りなかったと思うし? 結局何がテーマだったのか~

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