凹。
最近は谷原氏の電撃結婚などもあり、次はそろそろ堺さんも何か来るんじゃないか~とビクビクしていたら?、今朝は真逆の「破局」報道…しかしファンとしてはものすご~く「いまさら感」が…(いや本当のところはもちろんわからんが~) これも最近の報道ラッシュの一貫なのか?
(てか「恋するトマト」っていう映画タイトルに倒れた(笑))
そして今日はさらに出がけに焦っている真最中に、わんこが下痢ピーになり狂乱…ううう。やっと処理をし、愛車で出発したら運悪く家の前の狭い道路で工事中…動揺+焦っていたためかなんとドアをこすってしまった~っ!! おまけに凹んだ~っっっ!! がーん。しかも行く先がクルマの定期点検だったというオチ付き
いつも面倒を見てもらっている若い営業の男のコに「ボクも悲しいです…」と言われ、おネエさんますます責任感じちゃうな~…って私のほうが数百倍ショックだっつーの(むきーっ)
見積もってもらったらドア総取っ替えで××万円…さてこの際保険を使うかそれともしばらくスプレーでごまかすか(しくしく)
最近のいろいろな話の流れで?読んでいた 脱藩大名の戊辰戦争 読了。幕末に唯一、藩主自身が"脱藩"して徳川家のために戦った元 請西藩主・林忠崇 さんについて書かれたものなのだけど、"伊庭っち"伊庭八郎などと行動を共にしていたことでもよく知られている方でありますな
唯一人"大名"という身分を放棄して新政府軍に抗戦したために、恭順謹慎後ものちのちまで"華族"になれず、超貧乏生活を送りながら、元家臣の子弟の努力によってようやく身分を回復する…という後半がやはりものすごくおもしろかったわけですが。本人がその時々の自分の様子をイラスト付きで書いた おもひ出くさ の頁がところどころに載せられているのだけど、そのイラストもどことなくユーモアがあり…そういう人だからこそ激変する状況の中、94歳まで丈夫に生きられたのかもしれないなあ
(幕末史研究最新号であさくらさんが林家家臣・伊能矢柄について書かれたものと合わせて読むとおもしろいかと思われます)
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とどめ。
夕食で魚の切り身(腹)を食べていたらなんと釣り針が出てきた…!!
もう少しで飲み込むところだった…もう今日はダメかもしれん(涙)
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コメント
私の著作はともかくとして……。
林家史料集(林勲)を読まれることをお勧めいたします。私家版ですので、国会図書館等にもなりますが、「思い出くさ」もありますよ。
投稿 あさくらゆう | 2007年1月28日 (日) 23:40
あ~私も読み終わったところです。林昌之助さん。
「おもひ出くさ」みたいです~。
国会図書館行こうかなぁ。。。
あの挿絵は和みますよね。
伊庭クンの手を切られたのは涙を誘うはずがなんだかかわいい…。
そして昌之助さんの写真、初めて見ました。
遊撃隊は礼儀正しくて格好いいなぁと改めて関心。
いろいろ凹んでるようですが(笑)気を落とさずに…。
わんこ、大丈夫でしょうか。極め付けにノロなんかにやられませんように。。。縁起でもない?!
これ知ってる?
結構面白いです。
これで見ると請西藩上屋敷は九段会館のあたり。うわぁお。
http://map.yahoo.co.jp/kochizu/maptop
元気出してね
投稿 ちにた♪ | 2007年1月29日 (月) 23:15
>あさくらさん
史料情報いろいろありがとうございます
今後の課題(お楽しみ)に…
あさくらさんもいろいろ大変そうですが
めげずに頑張ってください…
>ちにた♪さん
どうもご心配ありがとうです~
私も一瞬「ノロか~!?」と思ったけどわんこは一晩で回復…
どうやら食い過ぎだったもよう…(涙)
「おもひ出くさ」いいっすよね~
深刻な場面のはずなのになんとも朴とつで
冠が脱げた話もなんともユーモアがあって
本人はけっこう強面なのに(笑)
>古地図で東京めぐり
まだ一部だけど見た見た
勝さん邸が有名な「元氷川坂下」や「旧氷川小学校」の
ほうじゃなくてその前に住んでたという「赤坂田町」のほうに
なってるのがマニアック?(笑)
(なぜか説明文は氷川のほうだけど)
>請西藩上屋敷
ここも山口一さん家のすぐ近くだよね…たしか
投稿 とまと | 2007年1月30日 (火) 00:53
この古地図、いつの?
慶応元年より前なのは分かるけどもう少し詳しく何年ごろってわかる?
勝さん家が「赤坂田町」にあったのっていつ?
投稿 ちにた♪ | 2007年2月 4日 (日) 20:32
う~んどうなんだろう
全部が一律に同じ年代の切絵図を参考にして
作ってるのかどうか?
でも講武所もまだ築地にあるし、全体的に
幕末のかなり初期(ヘンな言い方)みたいだね~
勝さんが赤坂田町にいたのは
弘化3年(1846年)~安政6年(1859年)らしいけど
↑松浦玲さん「勝海舟」による
(「Report5」にもちょこっと書いていたり)
投稿 とまと | 2007年2月 4日 (日) 22:42
江戸が1856年(安政3)、明治が1907年(明治14)だそうです。
安政の大地震の翌年。
地震の前後で大きく変わった。とかあるのかな。
投稿 ちにた♪ | 2007年2月 9日 (金) 01:52
地震前/地震後の様子については
江戸博の常設コーナーのモニターで
見たような気もする…けど内容については
頭からすっ飛んでいるかも(笑)
このごろこういうこと多いなあ
投稿 とまと | 2007年2月10日 (土) 19:59