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2008年2月27日 (水)

軌跡。

市川勢の軌跡 届く…&読了。去年茨城新聞に連載されていたものに加筆、そして各スポットの写真を加えてまとめられたもののようなのだけど。ううむ…市川勢が水戸を脱出するまでに至る"諸生"/"天狗"両派対立のバックグラウンドについては、軽く触れられているもののほぼ割愛(たぶん地元新聞ということでいわずもがなのことだったのかもしれないけど)、そして新潟方面、水戸-八日市-松山付近での行動については「水戸藩の戊辰戦争 -諸生党の最期-」や「水戸藩・戊辰の戦跡をゆく」「水戸朋党の争い」を越える情報があるかというと…???(←ちなみにこれらの本はどれも"参考文献"には入っていない) "市川勢"の構成メンバーについてもそれ以上の詳しい情報は無し?

比較的新しくて詳しいのは会津での戦闘行動についてだろうか…後半を占めている各スポット写真も鮮明でイメージしやすいし
それに、とりあえずこうして"諸生党"側について取り上げられる機会が増えれば、今後も少しずつ新たな発見が重なっていくかもしれない…?

以前はもしかしたらうちの10代目もこの"水戸脱走兵"の中に入っていたのかも…と思っていたけど、最近いろいろ調べた前後関係から見て、やはり赤沼獄あたりにいた可能性大? (この本にも10代目と同じグループにくくられていた人が3月25日に赤沼獄に入れられたことが触れられている…ううむしかし元史料はどれだろう)

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2008年2月24日 (日)

ルーツ?

昨日は久々に国会図書館へ。いや~すごかった…風が。遠くの空が靄ってたもんなあ…黄砂の灰色版といった感じだろうか。帰宅後目薬をさしたら眼からゴミがいっぱい出てきてびっくり

図書館ではまたまたうちの先祖調べに関連して、主に香川県関係の資料をあさる…もともとうちの先祖は高松藩松平家の初代・頼重さん(水戸光圀さんの実兄)に仕えていたらしいのだけど、光圀さんが頼重さんの実子・綱方さんを養嗣子にしたのでその時いっしょに水戸に付いて来たそうな(ちなみにその綱方さんは早くに亡くなったので、さらにその弟・綱條さんが養嗣子として迎えられ、3代目水戸藩主となる) それ以前はもともと徳川家に仕えていて高松へ行ったのか、どういうルーツなのかよくわからなかったのだけど、先日出てきた家系図によるとかなり前から讃岐(現香川)あたりでうろちょろしていたらしい…(いろいろな"戦い"に参加したことが書かれているけど、どうもそこらへんは"大ボラ"な気がしなくもない?…(笑))

というわけで、戦国時代の讃岐についてにわか勉強中…ううむ、中高生のころはめっきり戦国時代にはまっていたけれど、当然若かったので、中央付近であったメジャーな事件しか知らないし。実生活でも淡路島までしか行ったことないし。初めて見る固有名詞がいっぱいだ(涙)…それはそれで新鮮な驚きではあるのだけど

さて今回のTVnavi 堺さんエッセイは…私も昔から貧血気味で、若い頃は電車でへたり込むことはしょっちゅう、美術館で倒れて何時間か起き上がれなかったりとか、いまだに献血できない体だったりするけど、こんなふうに自分の仕事に将来的に支障があるかどうかとか、生きる意味を達観するとかという経験はまったくなく…ううむあらためて浅い人生だ…?(笑) ここ2、3週、ちょっとタイトな仕事が続き、先日ついに隣の席の子が倒れた(←いや単なるものもらいと風邪っぴきらしいが)のだけど、たとえ血の比重は軽くても、Feの錠剤を常用していても、ぴんぴんしてる自分って今現在けっこう頑丈なのだな~と気づきましたさ…ありがたやありがたや?

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2008年2月18日 (月)

涙。

最近「クライマーズ・ハイ 堺雅人」というキーワードで来られる方が異常に多いようなのだけど、詳細を知りたい方は11日付けのスポーツ報知をご覧になったほうがよろしいかと…ここでは大分前に、しかもタイトル抜きでちょこっと触れただけなので(←ドラマ版についてはO.A.当時いろいろ書いたけど)

ドラマ版賛美者としては…映画版はキャストにはまったく不安はないものの…ううむ。エグい映像にならないだろうか心配だ

今回の 篤姫 はもう最初から泣けと言わんばかりのタイトル/演出でしゃくだったけど?、素直に号泣…長塚/樋口のお父さん、お母さんも良かったけど、瑛太くんにも泣かされた~。菊本に自分の思いを重ねて熱弁するあたり、最後に行列を見送るところも…そしてこれで薩摩男児として大きく成長したのかと思いきや、最後のヘタレぶり?がまた泣ける…(笑)

原作ではたしか本家の養女になる時点で"のちのち将軍正室に…"という話が出ていたので、菊本の自害にも説得力があったような気がするけど、このドラマの流れではさすがにちょっと唐突でわかりにくかったかも…?

オープニングもマイナー改変? やはり文字が見にくいというクレームでもついたのだろうか…

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2008年2月11日 (月)

じわじわ妄想。

日曜は日野宿本陣文書検討会例会へ。いつものように彦五郎さん日記を読んだり、いろいろな調査報告があったり。なんだか前日の興奮冷めやらぬまま、ちょっと調子に乗ってしまったかも…反省

例会後はまたまたファミレスにて幕末トークで盛り上がり…そして帰宅後はひきつづき、今回見つかった冊子の整理など。拝領の盃の由来もどんなものなのだろうといろいろ本をパラパラしていたら、「水戸市史」にその天保14年5月22日の記事が。どうやら斉昭さんは従来の「神発流」砲術に、「高島流」などの洋式砲術を取り入れた大極陣なる新式の陣形を考案して、その訓練をさせていたらしい…そして5月22日にその成果を御前披露というはこびになったそうな

盃と一緒の箱に、鉄砲の的(弾痕付き)と思われるものが何枚か納められていたので、何か銃に関係したことだとは思っていたのだけど。そのときうちの9代目は「先手同心頭」という役職だったので、たぶん銃隊の指揮にあたり、代表してお褒めに預かったものらしい…? というわけで、もしかしたら的に弾を的中させたのは本人ではないかもしれないけど(笑)、でも今回砲術に関するマニュアルのようなものも一緒に見つかったので、おそらく彼なりに一生懸命任務にはげんだのであろう…

この翌年には斉昭さんは幕府の不興を買って蟄居謹慎、うちの9代目も天狗党の某"大物"のせいで蟄居謹慎、知行召し上げという目に遭うのだけど、もしかしたら謹慎中にもこの盃を見ながら再起を誓っていたかも…などと思うと泣ける?(←も、妄想が)

今回いろいろ調べた中で、その9代目の舅に当たる人が東軍流という古くからの剣の流派の達人だったということも判明。もしかしたら9代目もそうして武芸にはげんでいた人なのかも…? (水戸といえば「神道無念流」なのかと思っていたけれど、そういうのはかなり"新興"の流派で、やはり"天狗"側の人間が好んだものらしい)

そして他の冊子の束の中から、"10代目"がつけていたと思われる元治2年の日誌も発見。「水府系纂」でも前年の元治元年までの動向しかわかっていなかったので、これは私的にものすご~くありがたい貴重な史料…!! 毎月の勤務状況やら、水戸と江戸の行き来やら、新しい仕事に就いたことなどが手短ながら几帳面に書かれている…ことが推察される(←ううう半分くらい判読できん(涙)) この人は前述の通り父親が蟄居謹慎などという不名誉な目に遭っているので、その分一生懸命任務にはげんでいたんだろうなあ(このころはまだ十代半ばだと思われるのだが)…"当番"という文字が冊子の見開きいっぱいに並んでいるのがなんともいじらしい?

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2008年2月 9日 (土)

発掘。

最近は仕事がハードなばっかりで、わざわざ日記にするようなネタもないし、雪かきで腰痛になったことでも書くか…?と思っていたら従兄から大ニュースがっ!!

仏壇の裏を整理していたら、昔の家系図やら書簡やらがごっそり出てきたらしい…ということでさっそく見せてもらいに行ったら、桐の箱に入った家系図の巻物(「水府系纂」では江戸時代に入ってからのことしかわからなかったけど、それ以前のはるか昔…「日本武尊」まで辿れるのだけどさすがにそれはどうか(汗))やら、代々つけていたらしい"家日記"やら、元服のときの名前の由来書?やら、そしてなんと斉昭さんから拝領したという酒盃まであった…"子孫代々伝えろ"という書付入り。ううむうちは斉昭さんからは嫌われた家系だったと思いこんでいたのでこれは意外…やっぱりどんな藩主でも、こういうのはありがたい名誉なことだったんだろうなあ

そしてさらにびっくりだったのは、それら史料を元にして書いたと思われる、厚さ4cmくらいある祖父手作りの歴代当主の日誌! があったこと…うううオタク魂極まれり…やっぱこれはなのか~っっっ!?
鉛筆でとった墓石の"墓拓"まであったさ…同じコトをしようかと思っていた孫がここに…ううう
祖父がまめに?参考資料として出し入れしていたためなのか、書簡や日記類には虫食いもほとんど無く、墨跡もくっきり、保存状態もかなり良いのが感動

しかしそれほど綿密に調べて書かれた祖父の「日誌」にも、私が今四苦八苦している戊辰の年の詳細は載っていないのであった…やはり曽祖父はそのことについては何も語らなかったのか…? やっぱり私が調べ続けるしかないのか~
ううむせっかく見つけた史料だけど、いまだにくずし字はほとんど読めないし。先は長そうだ…
ああいろんな意味でカルチャーショックな1日

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