今日(昨日?)の日曜は、以前あさくらゆうさんに教えていただいた講演 徳川斉昭を学ぶ の第2回を聞きに、水戸の茨城県立歴史館へ
ついでと言ってはなんだけど、前回行き損ねた弘道館へようやく立ち寄り、門の弾痕やら、有名な「尊攘」の掛け軸やら、江戸城明け渡し後水戸に移った徳川慶喜さんが謹慎していた部屋などを見学…(←リアルに厠もついている~) まったく華美なところがなく、ピシッっと建っているところがなんとも言えず良い雰囲気でありました
売店では鈴木茂乃夫さんの 水戸藩・戊辰の戦跡をゆく を購入。芹澤鴨さんから箱館戦争に派兵された藩士のことまで追われていて、さらには諸生党の足取りについてもかなり詳しく書かれているようなので、ちょっとこれから楽しみに…
←※写真は斉昭さん"御手植え"の鈴梅
その後は徳川博物館へ。水戸徳川家に伝わる工芸品などに囲まれて、斉昭さん製作という「電池」(現在のものとはかなり形状が違う)が展示されていたのがなんとも印象的…う~んやっぱりかなり変わったお殿様だなあ(笑)
さていよいよその斉昭さんについての講演へ。いちおう定員200人ということだったけど、ホールには人が溢れかえり、かるく300人は越えていたのでは…
今回は 天保の改革-ブレインたち- というテーマではあったけど、お話の内容はちょっとずれて、天保の改革がどういう思惑の元に行われたのかということをとても簡潔に、ポイントをまとめて教えていただき、1時間半があっという間…斉昭さんが藩士たちに自分の考えを示したという「告志篇」についても、資料だけ読んだのではかなり難解だと思うのだけど、これに対する天狗/諸生・両派の受け取り方の違いなどもわかったし
全7回シリーズなので、今後も体力が許せば聞きに行きたいものだけど…
せっかく出かけていったので、以前購入した「茨城県資料」に納めきれなかったという 江水御規式帳 の別刷り冊子が発行済みなのか伺ってみたところ、しっかり発行されていて一部分けていただき、こちらもうれしい…これは藩士のひとりが仕事の余暇に趣味で?各種資料にあたって天保11年に作成したものらしいのだけど、この資料がすごいのはなんと言っても各藩士の詳しい役職だけでなく、その就任日がかなり正確に記載されているところ(うちの9代目についても「水府系纂」と1日の誤差しかなかった)
さらには江戸詰めだったのか、それとも水戸に居たのかが記号で示され、ほかの「規式帳」は苗字と通称しか書かれていないものが、これはしっかり「名」まで明記されている…う~んかなりなマニアのこだわりを感じるなあ(笑) 各人についての役替えなどの注釈も読み込んでいくと楽しめそう
さらに閲覧室ではあさくらさんにばったり(やっぱり?)遭遇。またまた大変お世話になってしまいましたありがとうございました~(汗)
ここでは 諸生党名簿 なるものを閲覧。でもこれは私も知っている資料ほか複数のソースに書かれている名前を近年まとめ直したもの、という感じだったのでどうなのか…(これだと墓石に刻まれた高祖父の没年月日と、死亡日時に約丸1年の誤差があるのだが~)
※まあ私の持っている某書の"諸生党名簿"でも、高祖父の名前は"明治元年(戊辰)死亡"のグループと"明治2年刑死"のグループ両方に含まれているので、元々すごく混乱があるのだと思うけど…
ただ今回の"新情報"としては、亡くなったときの役職についても書かれてあったことで、これはうれしいのだけど。これの元資料は何なのか…う~んう~んまた一進一退???(泣笑)
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